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名古屋地方裁判所 昭和33年(ヨ)772号 決定

申請人 王子製紙工業株式会社

被申請人 王子製紙労働組合

主文

被申請人組合は申請人会社の命ずる従業員が別紙目録記載の施設へ立入り並びに右施設内の機械を運転することを妨害してはならない。

申請人会社のその委任する執行吏は、前項に違反する妨害行為を除去するため適当な措置を講ずることができる。

訴訟費用は被申請人組合の負担とする。

(注、無保証)

理由

一、判断の基礎となる事実(争のない事実及び疎明による認定事実)

申請人会社春日井工場は近代的設備を誇る我が国有数の製紙工場であつて、別紙目録記載の給水調圧塔並びに水源地ポンプ室(以下両者を単に水源地施設と称す。)は申請人会社に於てその春日井工場の用水に庄内川の伏流水を引水するために設置せられたものであつて、申請人会社は従業員堀吉太郎をしてこれが管理等の業務に従事せしめていた。

然る処、昭和三十三年六月二十三日被申請人組合は、賃金、退職金、結婚祝金等の増額要求に対する申請人会社よりの回答及び申請人会社より労働協約改訂の申入れを拒否し、右要求事項貫徹のため同月二十五日以降ストライキを行う旨申請人会社に通告し、被申請人組合春日井支部に於ては翌二十六日以降部分スト又は一斉ストを行い、同年七月十八日以降は無期限一斉ストに突入し現在に至つているが、被申請人組合は右ストライキに際し昭和三十三年六月二十四日前記水源地施設の管理者たる堀吉太郎を保安要員としてスト不参加者に指名したので、同施設は同年八月二日迄右堀によつて管理せられていた。然るに同日夜に至り被申請人組合の組合員等により水源地施設のうちポンプ室入口にピケラインが張られ、このため右堀はそれ以来右ポンプ室への出入を阻止され、剰え同年八月五日その保管に係る右ポンプ室の鍵三個は被申請人組合員の入手するところとなつた。(尤もその後右鍵は申請人会社に戻された。)

而して、右八月五日右ポンプ室内のポンプの運転とその機械保安の必要上、申請人会社の命を受けてポンプ室内に出入しようとした申請人会社春日井工場動力部長渡辺遜、同工場工作課長代理福岡源之助、申請人会社本社施設課長代理碇宗治に対し、被申請人組合のピケ隊員約二十名はポンプ室上流入口にコンクリート型枠及び径一尺余りの古木を手すりに横たえ、これにへばり付いて前記三名の出入を実力を以つて阻止し、更に右三名がポンプ室川下入口より内部に入らんとするやピケ隊員は右三名を二重に匂囲し、実力を以つて立入りを阻止した。その後翌六日午前十時三十分頃と同日午後四時三十分頃の二回に亘り、右三名が前記同様の目的でポンプ室に出入せんとしたが、いずれもピケによつて前記とほぼ同様な方法により実力を以つて阻止せられ、現在も依然として右ポンプの運転がピケにより実力を以つて阻止せられている。

而して、本件水源地施設による給水は、

一、申請人会社春日井工場の操業のために絶対的に必要であり、目下のストライキ中に於ても、被申請人組合員以外の従業員によつて平常時の約二割の操業をなしうる状況にある。

一、右工場内の機械の保全のため必要であり、漸次その保全が害されつつある。

一、右工場の防火用水として必要である。(尤も、右工場内には深井戸ポンプがあるが、右ポンプからの給水のみによつては、防火の目的を充分達し得るとは認められず、緊急時に於て、被害を最小限度に止めるためにはより豊富な水源を必要としこれがためには絶えず工場内施設に水を畜積し万全の措置を採つておくことが望ましい。)

二、当裁判所の判断

被申請人組合が前示認定の如く申請人会社の命を受けた非組合員たる従業員に対し、本件水源地施設内の機械の運転を実力を以つて、妨害し通すことは如何なる方法によつても許されないものといわねばならない。

而して、右運転阻止のため工場への引水が全く止つて申請人会社の操業を不可能としているに止らず、企業として操業可能の状態に置くべき右工場内の機械設備の保全が害されている以上申請人会社としては、本件水源地施設の所有権に基き被申請人組合の前記妨害行為を排除する必要が緊急に存するものと認められる。

尤も被申請人組合は

一、申請人会社は到底採算ある操業は出来ないにも拘らず争議を鎮圧するため権利の行使に藉口し、脱退者の動員による操業を仮装し、被申請人組合員に心理的動揺を与え組合の分裂弱体化を企図しており、争議に介入するものであるから、労働組合法第七条第三号違反の不当労働行為であると主張しているが、申請人会社は争議鎮圧のため益なき仮装操業を企図しているものとは被申請人組合の全疎明によるも未だ認められない。

二、申請人会社に一旦操業を開始されんか、争議に甚大な影響を及ぼすので自衛上ピケにて本件ポンプの操業のためにする運転を絶対に阻止しているものであると主張するから考察するに、操業開始はその規模の大小に拘らず被申請人組合に及ぼす影響の深刻なることは明かであり、被申請人組合の重大関心事なることはもつともなことではあるが、操業の阻止は争議行為として許容されたピケ即ち争議権と個人の自由権との調和点より時場所及び方法(平和的説得又は団結による示威の方法)の自ら定まるべきピケによりその阻止の可否を委ねるべきであつて、被申請人組合主張の理由にて操業阻止をなし得る法理は生れず、且本件ポンプの運転は前認定の如く操業はもとより機械設備の保全に必要であるから被申請人組合の右主張は容れ難い。

三、申請人会社は既にストにより当然操業する権利は阻止されているものであるからピケと云う具体的方法によつて、権利の行使を阻害されても新なる法益侵害とはならないと主張しているが、被申請人組合はストによりもともとその組合員の労働力の提供を止めているものであり、又非組合員をピケにより或いは労働に就くことを阻止出来て之によつて操業阻止の実を保ち得ることはもちろんのことであるが、ストにより申請人会社の操業を当然に阻止し得るものでなく操業の能、不能は争議の動きによつて決せられてゆくべく操業の当然阻止を前提とする右主張は採用出来ない。

四、生産手段たる本件水源地の施設は争議権の制約を受けるものであるから申請人会社の操業不能の損害又は危険性の除去防止は保全の目的とならず、その損害、危険は申請人会社において忍受すべきものであると主張しているが、争議権そのものより、直ちに本件ポンプの運転を阻止し得る理由は見出せない。

五、脱退者を含む非組合員の本件ポンプの操作は元来この操作を本務とする者の仕事の代置となり、外部からのスト破りと同様であるから、右ポンプの運転を阻害し得るものであると主張しているが、かかる見解にはにわかに左袒出来ない。

よつて、申請人会社の本件仮処分申請を主文表示の程度で許容することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 西川力一 矢崎健 浪川造男)

(別紙)

目録

春日井市熊野町字堂の元三千八十一番の一所在

一、王子製紙工業株式会社春日井工場給水調圧塔同所三千八十二番の一所在

一、王子製紙工業株式会社春日井工場水源地ポンプ

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